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新聞紙で用を足していた検便提出の日

 投稿者:歌う果物屋  投稿日:2009年 6月14日(日)22時59分57秒
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  ■ひろ(戸の上出身)さんへ
吉谷薬局さんの隣でも、ひょろ長い形の鯛焼きみたいなものを売ってました。
中は、アンコかカレー。
それ以前はホッドドック屋さんだった記憶があります。
あの頃は、ハンバーガーなんてなくて、ホットドックが主流でしたね。
若草パチンコの山側にモスバーガーが開店した頃から、ハンバーガーを食べるようになりました。

■丹沢さんへ
昔は、いたるところに質屋さんがありましたね。
中三の時に、担任の先生が生徒達を引き連れて山口県の青海島でキャンプしたのですが、その先生がテレビを抱えて町中をうろうろしていたと噂になりました。
あれはきっと、僕たちをキャンプに連れてったせいでお金が無くなったんだと。
教師と言えば薄給の代表みたいな時代でした。

■宗大郎さんへ
馬は材木を運んでいませんでしたかね。
糞はよく転がっていました。
戸ノ上通りには飴売り屋さんが来てまして、カンナで削って小分けしていました。
それから、卵が高価だったので、卵焼きが膨れる粉売り。
五個くらいの小さな団子を湯に浸けてから黄粉でまぶしてくれる、吉備団子売り屋さん。
鰻の頭に釘を刺して、路上でさばいてくれてたカンカン部隊のおばちゃん達。
体の中に回虫はいっぱいいたんでしょうね、最初はマッチ箱、そしてビニール、後にワッペンみたいなものでペタンとはったものを出していた検便。

本日の写真は、北九州市美術館別館で撮った昭和の部家です。
 
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