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そうそう屋根正月やじゃんけんもやってました。パーはパイナップルとも言っていたかも。そろそろ50に手が届くのですが、心の支えは門司の思い出です。結局僕は父の転勤で中学までに8回引越しを経験し、父自身は定年までの35年間で22回の転勤。異常とも思えますが当時は単身赴任の概念があまりなく、子供達は泣く泣くついて行ってました。そんな苦い経験もあって今は医療の仕事につき転勤の恐怖から解放されています。引越しの前日、布団の中で泣きながらまだ肌寒い3月、寝れずに徹夜をし暗闇の中、関門海峡から響いてくるタンカーの汽笛。悲しく響いていました。友達と別れる辛さ、不安な未来、忘れられない思い出です。あの頃の友達元気かなあ!?会いたくて仕方がありません。
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