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ネットでいろいろ検索して見たところ門司に最初に空襲があったのが1944の6/16でそれから9回も空襲されているようです。その9回目の1945、7/27では機銃掃射による攻撃もされているようでそのときはひょっとしてB29だけでなくグラマンなどの小型機が超低空飛行して攻撃したのではないでしょうか。たぶんその時に父は追いかけられたのでしょう。 それからもし小倉に原爆が落とされていたら大里も死の灰でかなりの死者がでていただろうとネットにのっていました。 いろいろその当時のことを調べてみればみるほど今、この時代の平和を感謝しないといけないとつくずく思いました。100年に一度の不景気だと嘆いていますが、あの頃の事にくらべれば恵まれすぎています。
今まで表面しかしらなかった門司の空襲の事をいろいろ知るきっかけを作ってくださった「企救半島」様ありがとうございました。
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